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坂東三十三観音十五番札所(白岩山長谷寺)「白岩観音」 [坂東三十三観音巡礼]

坂東三十三観音十五番札所(白岩山長谷寺)「白岩観音」
観音信仰は仏教の東漸とともに流伝した。真心をもって一心に観音の御名を称えれば、観音菩薩は我らの苦悩を救いたもうとの事である。その慈悲心の働きは、姿を三十三種に変じてとあり、この三十三に合わせて三十三観音札所巡りが始められた。伝承によれば養老年間(717年〜723年)に大和長谷寺の開山徳道上人が閻魔大王の勧めによって発願したが振るわず、やがて平安末期に花山法皇が巡礼なされたとして三十三観音(現在の西国三十三観音)は人々に広がりを見せた。この西国三十三観音巡礼の信仰が坂東に及び、札所が定められて行ったのが坂東三十三観音との事。

坂東とは箱根の坂より東の地域を指す、現在の関東である。坂東三十三観音の成立は、源頼朝と実朝が熱心な観音信者であった事から、鎌倉幕府成立の時期に気運が高まり制定されたと考えられる。

坂東三十三観音の十五番札所は白岩山長谷寺(ちょうこくじ)、群馬県高崎市にある「白岩観音」である。創立は朱鳥元年(686年)、開基は役ノ行者、本尊は十一面観世音菩薩、天文元年(1532年)に上杉憲政が伽藍を整えたが、永禄6年(1563年)武田信玄の箕輪城攻略の兵火で焼失した。

本堂、天正8年(1580年)に武田勝頼の命により再建された。   (Adobe Stock my portfolioに掲載)
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御朱印
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詠歌「誰も皆な 祈る心は 白石の 初瀬の誓い 賴もしきかな」

由緒、詠歌等は「坂東三十三所観音巡礼」(坂東札所霊場会編)を参考に記載。

白岩山長谷寺付近地図


今回は十六番札所「水澤観音」を巡礼して、四万温泉「積善館」に宿泊し、帰路ここ十五番札所「白岩観音」に巡礼した。

(2015年6月中旬 撮影機材 Nikon Df )
関連ブログ:四万温泉(群馬県)「積善館」
参考文献(Amazonの該当頁へ):「坂東三十三所観音巡礼」(坂東札所霊場会編)
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