遠山記念館(埼玉県)晩秋 [小さな旅(埼玉県)]
遠山記念館 晩秋
埼玉県比企郡川島町にある遠山記念館、坂東三十三観音巡礼の途中に立ち寄った。遠山記念館は、日興證券の創立者・遠山元一が母のために建てた邸宅と美術コレクションを公開している公益財団法人である。
記念館の門を入ると右側に美術館、正面に邸宅入口、左側には庭園がある。
所有する美術工芸品は幾多の重要文化財が含まれ、また建物と庭園も「旧遠山家住宅」として重要文化財に指定されている。
美術館に入ると出迎えてくれるのは、荻原守衛(碌山)作「女」。
明治43年(1910年)作、鋳造は昭和33年(1958年)とのこと。
美術館前の古木、新旧の命が宿る。(JAPAN PHOTO 2016春夏フォトコンテスト入賞作品)
邸宅は日本家屋、畳の敷き方が庶民にあらず・・。
見る方向で畳の色が違って見える。 (Adobe Stock my portfolioに掲載)
書院の円窓から紅葉。
遠山記念館付近地図
(2015年11月下旬 撮影機材 Nikon Df )
埼玉県比企郡川島町にある遠山記念館、坂東三十三観音巡礼の途中に立ち寄った。遠山記念館は、日興證券の創立者・遠山元一が母のために建てた邸宅と美術コレクションを公開している公益財団法人である。
記念館の門を入ると右側に美術館、正面に邸宅入口、左側には庭園がある。
所有する美術工芸品は幾多の重要文化財が含まれ、また建物と庭園も「旧遠山家住宅」として重要文化財に指定されている。
美術館に入ると出迎えてくれるのは、荻原守衛(碌山)作「女」。
明治43年(1910年)作、鋳造は昭和33年(1958年)とのこと。
美術館前の古木、新旧の命が宿る。(JAPAN PHOTO 2016春夏フォトコンテスト入賞作品)
邸宅は日本家屋、畳の敷き方が庶民にあらず・・。
見る方向で畳の色が違って見える。 (Adobe Stock my portfolioに掲載)
書院の円窓から紅葉。
遠山記念館付近地図
(2015年11月下旬 撮影機材 Nikon Df )
遠山記念館(埼玉県)梅雨時 [小さな旅(埼玉県)]
遠山記念館 梅雨時
埼玉県比企郡川島町にある遠山記念館は、日興證券の創立者・遠山元一が母のために建てた邸宅と美術コレクションを公開している公益財団法人である。以前から観たいと思っていた美術品の展示が始まったので訪問した。二回目の訪問である。
記念館の門を入ると右側に美術館、正面に邸宅入口、左側には庭園がある。
所有する美術工芸品は幾多の重要文化財が含まれ、また建物と庭園も「旧遠山家住宅」として重要文化財に指定されている。
時期は梅雨も終わる頃、入口には蓮池、蓮の花が咲いている。
美術館に入ると出迎えてくれるのは、荻原守衛(碌山)作「女」。
明治43年(1910年)作、鋳造は昭和33年(1958年)とのこと。
目的の「黒楽銀彩猫手焙」、訪問は妻のリクエストである。
黒猫をかたどった手焙、背中から炭を入れて両耳から煙が出てくるらしい。
江戸時代後期、仁阿弥道八の作。
遠山記念館の邸宅「旧遠山家住宅」室内から庭園を撮影。 (Adobe Stock my portfolioに掲載)
苔むす手水鉢。
遠山記念館付近地図
(2016年7月中旬 撮影機材 Nikon Df )
埼玉県比企郡川島町にある遠山記念館は、日興證券の創立者・遠山元一が母のために建てた邸宅と美術コレクションを公開している公益財団法人である。以前から観たいと思っていた美術品の展示が始まったので訪問した。二回目の訪問である。
記念館の門を入ると右側に美術館、正面に邸宅入口、左側には庭園がある。
所有する美術工芸品は幾多の重要文化財が含まれ、また建物と庭園も「旧遠山家住宅」として重要文化財に指定されている。
時期は梅雨も終わる頃、入口には蓮池、蓮の花が咲いている。
美術館に入ると出迎えてくれるのは、荻原守衛(碌山)作「女」。
明治43年(1910年)作、鋳造は昭和33年(1958年)とのこと。
目的の「黒楽銀彩猫手焙」、訪問は妻のリクエストである。
黒猫をかたどった手焙、背中から炭を入れて両耳から煙が出てくるらしい。
江戸時代後期、仁阿弥道八の作。
遠山記念館の邸宅「旧遠山家住宅」室内から庭園を撮影。 (Adobe Stock my portfolioに掲載)
苔むす手水鉢。
遠山記念館付近地図
(2016年7月中旬 撮影機材 Nikon Df )
遠山記念館(埼玉県)邸宅 [小さな旅(埼玉県)]
遠山記念館 邸宅
埼玉県比企郡川島町にある遠山記念館は、日興證券の創立者・遠山元一が母のために建てた邸宅と美術コレクションを展示する美術館からなる。記念館の門を入ると右に美術館があるが、残念ながらお休みであった。
邸宅と庭園は「旧遠山家住宅」として重要文化財に指定されており、来訪者もない晩秋の平日、ボランティアのおじさんが説明同行を申し入れてきたが、お断りして妻と二人でゆるりと散策を楽しんだ。
邸宅玄関、遠山邸は昭和11年(1936年)の竣工と云われる。
玄関に入ってすぐの8畳間、床の間が設えてある。
戦後、遠山邸は日興証券の迎賓館として使われたらしい。
遠山記念館邸宅は三つの棟が渡り廊下で結ばれている。玄関は東棟になる。
東棟の囲炉裏の間、18畳の広さがある。
内玄関と台所に隣接している。独特の畳の敷き方に意匠のこだわりを感じる。
いい雰囲気の内玄関。
中棟の書院造りの大広間(18畳)から庭園を望む。
大広間前の渡り廊下、畳敷き。
西棟にある八角窓。
タイル貼りの廊下の先に西の庭園が垣間見える。
中央の庭園から東棟を撮影。 (Shutterstock my portfolioに掲載)
遠山邸は遠山元一が幼い頃の生家を再興したと云われるが、茅葺の屋根は古き田舎の家屋を彷彿とさせる。
遠山邸間取り図。(遠山記念館HPより借用)
2階は閉鎖中で見学できなかったのが、残念である。
遠山記念館付近地図
(2023年11月下旬 撮影機材 Nikon Df )
関連ブログ:遠山記念館「晩秋」、遠山記念館「梅雨時」
埼玉県比企郡川島町にある遠山記念館は、日興證券の創立者・遠山元一が母のために建てた邸宅と美術コレクションを展示する美術館からなる。記念館の門を入ると右に美術館があるが、残念ながらお休みであった。
邸宅と庭園は「旧遠山家住宅」として重要文化財に指定されており、来訪者もない晩秋の平日、ボランティアのおじさんが説明同行を申し入れてきたが、お断りして妻と二人でゆるりと散策を楽しんだ。
邸宅玄関、遠山邸は昭和11年(1936年)の竣工と云われる。
(c)ikeyama - 画像素材 PIXTA -
玄関に入ってすぐの8畳間、床の間が設えてある。
戦後、遠山邸は日興証券の迎賓館として使われたらしい。
遠山記念館邸宅は三つの棟が渡り廊下で結ばれている。玄関は東棟になる。
東棟の囲炉裏の間、18畳の広さがある。
内玄関と台所に隣接している。独特の畳の敷き方に意匠のこだわりを感じる。
いい雰囲気の内玄関。
中棟の書院造りの大広間(18畳)から庭園を望む。
大広間前の渡り廊下、畳敷き。
西棟にある八角窓。
タイル貼りの廊下の先に西の庭園が垣間見える。
中央の庭園から東棟を撮影。 (Shutterstock my portfolioに掲載)
遠山邸は遠山元一が幼い頃の生家を再興したと云われるが、茅葺の屋根は古き田舎の家屋を彷彿とさせる。
遠山邸間取り図。(遠山記念館HPより借用)
2階は閉鎖中で見学できなかったのが、残念である。
遠山記念館付近地図
(2023年11月下旬 撮影機材 Nikon Df )
関連ブログ:遠山記念館「晩秋」、遠山記念館「梅雨時」