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四万温泉(群馬県)積善館 [北関東の旅]

四万温泉(しまおんせん) 坂東三十三観音巡りの合間に
四万温泉は、群馬県吾妻郡中之条町にある温泉。
坂東三十三観音巡りの合間、伊香保の十六番札所「水澤観音」を参拝してから宿泊した。

四万温泉は昭和29年(1954年)に国民保養温泉地の第一号に指定された名湯である。
国民保養温泉地とは、温泉の効能が顕著、湧出量が豊富、付近の景観が優れ、環境がよく保養地として適している等「温泉法」に基づき、環境大臣が指定するものらしい。知らなかった・・・。

四万温泉の起源は二説あるとの事。
・坂上田村麻呂による発見説。征夷大将軍として蝦夷征伐に来た坂上田村麻呂が、この地に立ち寄り、温泉を発見した。桓武天皇の御代、延暦年間(782~806年)の発見と云われる。
・源頼光の家臣碓井貞光による発見説。碓井貞光がこの地を訪れ、夜に読経をしていた際、童子があらわれ「汝が読経の誠心に感じて四万(よんまん)の病を治す霊泉を授ける。我はこの山の神霊なり」という神託を夢うつつで聞き、湧き出る温泉を見つけたという。この説の、「四万の病を治す霊泉」に因んで温泉名が「四万温泉」となったとも。永延年間(987~989年)の発見と云われる。

永禄6年(1563年)にはじめて宿が開業して、徐々に温泉街が形成されていったらしい。

宿泊先は、元禄年間から開業する四万温泉「積善館」
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積善館は元禄4年(1691年)に本館を建築、元禄7年(1694年)に旅籠として開業との事。

二層の湯治宿。                        (Adobe Stock my portfolioに掲載)
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ジブリ映画「千と千尋の神隠し」で千尋が寝泊まりするところのイメージモデルと云われる。

湯治宿の一階は登録有形文化財指定の「元禄の湯」、アーチ形の大きな窓、5つの浴槽、浴槽と脱衣所の仕切りがない、大正ロマンの雰囲気を残す。昭和5年(1930年)に造られた。

四万温泉積善館は、「千と千尋の神隠し」の湯屋「油屋」のイメージモデルの一つ。他のイメージモデルは、道後温泉本館と目黒雅叙園らしい。

積善館本館の通路、異界へのトンネルといった雰囲気。
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岩に根を下ろそうとしている若木を客室から撮影。
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「河原の湯」、四万川と新湯川の合流地点にある共同浴場。
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四万温泉へ来る路線バスの終点近く、橋のたもとにある。

四万温泉眺望。
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翌日は高崎市の十五番札所「白岩観音」に参拝して帰路に。

四万温泉付近地図


(2015年6月中旬 撮影機材 Nikon Df )
関連ブログ:坂東三十三観音十六番札所「水澤観音」坂東三十三観音十五番札所「白岩観音」道後温泉本館(愛媛県)晩秋
観た映画(Amazonの該当頁へ):ジブリ映画「千と千尋の神隠し」
泊まった宿(じゃらんのHPへ):「積善館」群馬県・四万温泉
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