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興福寺(奈良県) [近畿地方の旅]

法相宗大本山 興福寺
奈良県奈良市にある興福寺は、大化元年(645年)中臣鎌足が釈迦三尊像を造立、天智天皇8年(669年)鎌足の病気平癒を祈願し夫人である鏡女王が、この像を安置する「山階寺(やましなでら)」を造営したのが始まりとある。さらに、和銅3年(710年)平城遷都の際、藤原不比等が寺を移し「興福寺」と名付けられたらしい。

摂関家と関係の深い寺であるため、手厚く保護され、平安時代は大和国を領し、鎌倉幕府・室町幕府は守護を置かず、興福寺がその任に当たったと云う。

興福寺は創建以来、度々兵火・火災に見舞われ、再建を繰り返してきた。様々なお堂や塔が再建されているが、近年でも平成30年(2018年)に「中金堂」が再建された。(訪問時には再建途中でした・・。)

「東金堂」は神亀3年(726年)聖武天皇が建立。
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現在の東金堂は室町時代の応永22年(1415年)に再建された。国宝である。堂内には室町時代に造立された本尊の薬師如来坐像を中心に、日光・月光菩薩立像、文殊菩薩等が安置されている。

「五重塔」は天平2年(730年)に光明皇后の発願で建立。
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光明皇后は藤原不比等の娘、現在の塔は応永33年(1426年)頃の再建と云われる、国宝。

「東金堂」から「五重塔」を望む。
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塔は釈尊の舎利(しゃり・遺骨のこと)を納める墓標であり、権威の象徴、塔を建てることは仏法の護持であり、大きな功徳とされているらしい。

「南円堂」は西国三十三所巡礼の第九番札所。          (Adobe Stock my portfolioに掲載)
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弘仁4年(813年)藤原冬嗣が父の内麻呂追善のために建立、鎮壇には弘法大師空海が大きく関わったとされる。本尊は不空羂索観音菩薩坐像、現在の堂は寛政元年(1789年)の再建、重要文化財。

興福寺境内にある国宝館には有名な「阿修羅像」等、それこそ国宝が多数展示されている。外観は興福寺の食堂(じきどう)を模したものらしく、入場は有料である。人も少なく、東京国立博物館で「阿修羅像」を観た時と異なり、じっくり仏像と対話できる。

興福寺は「古都奈良の文化財」として世界遺産に登録されている。

興福寺付近地図


近隣には「東大寺」「春日大社」があるので、観光に便利なように、近くに宿泊。
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宿泊先は「関西の迎賓館」とも云われる「奈良ホテル」、奮発しました・・。

(2016年6月中旬 撮影機材 Nikon Df )
泊まった宿(じゃらんのHPへ):「奈良ホテル」
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