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香取神宮(千葉県)晩秋の頃 [南関東の旅]

香取神宮 晩秋の頃
明治以前に「神宮」の称号を持って奉祀されていたのは「伊勢神宮、香取神宮、鹿島神宮」のみであると云う。日本の神話において大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の国譲りに活躍する経津主大神(ふつぬしのおおかみ)を祭神としている。
全国でも有数の古社であり、社伝では神武天皇18年の創建とされている。千葉県香取市に鎮座し下総国一宮、全国の香取神社の総本社、式年大祭は午年(うまどし)の十二年毎。国宝の海獣葡萄鏡があり、本殿や楼門は重要文化財となっている。

古代の関東平野には現在の霞ヶ浦、印旛沼、手賀沼を含む一帯に「香取海」という内海が広がっていた。香取・鹿島神宮はその地勢学的重要地に鎮座し、ヤマト政権における蝦夷進出の兵站基地として機能したと見られている。香取・鹿島神宮は古くから軍神として朝廷の深い崇敬を得ていると云う。

表参道入り口となる「二の鳥居」。                   
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駐車場からここまでが、両側にお店が並ぶ賑やかな通り。表参道に入るとゆるい上り坂、鬱蒼とした木々が視界を覆い、厳かな気分になる。

表参道に入ってすぐ左側に「要石」の表示があり、境外社の「護国神社」に寄り道してみる。
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「護国神社」は昭和21年の創建、明治以降の国難で殉じた香取郡出身者を祀ると云う。    
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護国神社の奥に「要石(かなめいし)」が囲われている。
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「要石」は地中で地震を起こす大鯰を押さえつける守り神として伝わる。常陸国の鹿島神宮にも「要石」があり、鹿島・香取の両要石で地中に棲む大鯰の頭と尾を抑えるとの伝。

香取神宮の参道に戻る。紅葉を観ながらゆるい坂を進む。     (Adobe Stock my portfolioに掲載)
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「三の鳥居」の手前にある「神池」も秋の景色。
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「三の鳥居」から総門、コロナ禍で人との距離をとるための白線が引かれている。
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11月下旬だけど、「七五三」との重なりだろうか本殿まで長い列ができていた。以前にも数度参拝しているので、今回は参拝をあきらめ次の目的地へ。混むのはきらい・・。

(2020年11月下旬 撮影機材 Nikon Df )

香取神宮付近地図


(2009年4月下旬の参拝で撮影した「総門」以降にある「楼門」と「拝殿」、撮影機材 Nikon D40)
「楼門」は重要文化財、元禄13年(1700年)の造営、入母屋造、楼上の額は「東郷平八郎」の筆。
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「拝殿」は国の登録有形文化財、昭和の大修築による造営。    (Adobe Stock my portfolioに掲載)
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関連ブログ:香取神宮(2009年4月)鹿島神宮
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